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会社員としての日々T・J・マグレガー作品の翻訳などで活躍中の古賀弥生さん。これまでに30冊近い訳書が出ているが、ご本人はまだ「駆け出しのペーペー」気分だという。 「気がついたらデビューしてもう10年が経っていた、という感じです。マグレガーを訳しはじめた頃も、こんなにおもしろい作品で勉強させてもらって、しかもお金までいただいていいのかしら、と思っていたくらいですから。いつまでも駆け出し気分で甘えていてはいけないとわかっているんですが」 文芸翻訳の仕事をはじめる前は、会社員として忙しい日々を送っていた。東京女子大学の文理学部を卒業後、東京大学名誉教授の研究室に秘書として勤務、そして、株式会社CBSソニーに入社し、洋楽の企画制作部門で管理業務を担当、さらに、外資系の経営コンサルティング会社で国際会議の設定、経済誌の企画編集、翻訳、販売促進、リサーチなど、多種多様な業務を行い、別の外資系企業にプロジェクト・マネージャーとして引き抜かれたという経歴をもっている。「あの頃は休む暇がないくらい、めいっぱい働いていましたね。もともと仕事をするのは好きなので、楽しかったですし、充実感もありました。わたしはなぜか小さい頃から、一生仕事をしたいと思っていたんです。自立心が強くて、早く自分で稼げるようになりたいと考えていました。今もその気持ちは変わりません」 結婚後も、仕事をやめようと思ったことは一度もなかった。子どもをもうけようかと迷った時期はあったが、「自分が仕事ができないのを子どものせいにするようになったらかわいそう」という気持ちから、敢えて仕事を選んだ。しかし、これからも地道に会社勤めを続けていこうと思っていた矢先、思わぬ転機が訪れる。幸運が重なったデビュー1988年9月、古賀さんは、会社側の都合で退職を余儀なくされた。大きなショックを受けたが、いつまでもくよくよしているわけにはいかない。発想を転換し、いいチャンスだと捉えるように自分を励まし、フリーで実務翻訳の仕事をしながら、翻訳学校へ通いはじめた。以前から翻訳の通信教育を受けていたこともあり、文芸翻訳家へ転身をはかろうと考えたのだ。 「ちょうど同じ頃、以前の同僚でCBSソニー出版の仕事をしていた人に、翻訳をやらせてくださいと頼みに行きました。運よく使っていただけたのですが、そのとき、原形をとどめないほど原稿を直されたので、もう二度と仕事はこないだろうと思っていたんです。ところが、その後も依頼があって、結局CBSソニー出版から5冊の翻訳書を出すことができました。涙が出るほどうれしかったですね」 そのときに訳した記念すべき第1作が、1989年に出版された『アイスクリームとシャーベット』だ。つまり、会社を辞めた翌年には早々と翻訳のデビューを果たしたことになる。その後、『チーズケーキ』(1989年)、『ベネトン』(1990年)、『マーチ』(1990年)、『デザート』(1990年)と、立て続けに訳書を出していった。その一方で、翻訳学校でも下訳者に採用されるといううれしいできごとがあった。春に翻訳学校に入学し、夏には下訳の仕事を得て、同じ年の冬には出版社に紹介されるという異例のスピードには、本人も驚いたという。 「翻訳家の鎌田三平先生を通じて、東京創元社を紹介していただきました。最初はあいさつ程度だと思っていたんですが、その場でいきなり1冊渡されてしまって……。そうです、翻訳の仕事をいただいてしまったんです。自分では10年計画のつもりで勉強していたので、本当に驚きましたね。鎌田先生には翻訳のこともいろいろと教えていただいて、とても感謝しています」 こうして1991年に『男たちのゲーム』が東京創元社から出版される。マグレガーとの出会いミステリのジャンルでもデビューを果たした直後、またもや大きなチャンスが訪れる。東京創元社からマグレガーの翻訳を依頼されたのだ。 「マグレガーは読んですぐに気に入りました。心理描写がうまくて、大好きな作家です。デビューしたばかりなのにこんなにラッキーでいいのかしらと思いましたね。当時は、4Wといって、作家、翻訳者、主人公、読者のすべてが女性(woman)というのが流行していたので、運のよさもあったと思います」 このときに訳した『闇に抱かれた女』(1992年)はたちまち話題となり、以降、『閉ざされた刻』(2000年)まで、クィン&マクレアリ・シリーズとして10作が刊行される。これと並行して、同じマグレガーのアリーン・シリーズもスタートし、古賀さんは、会社員時代にも劣らぬほど忙しい身になった。「確かに忙しくて大変でしたが、先ほども言いましたように、もともと仕事をするのは好きでしたし、特にはじめの頃は翻訳という作業が楽しくて仕方なかったので、苦にはなりませんでしたね。900枚を3カ月で訳したときはさすがに神経性胃炎になりましたし、ラッキーすぎるほどのデビューをしたこともあって、常にプレッシャーと戦わなければならないつらさもありましたが……」 気がつけば訳したマグレガー作品は15冊。翻訳家としてのこれまでの道は、まさにマグレガーと共に歩んできたと言えるだろう。そのマグレガーのふたつのシリーズが完結したことについて感想をうかがうと――「正直言って、ちょっと残念ですね。シリーズものを抱えていれば、コンスタントに仕事が入ってきますし。マグレガーにはまた新しいシリーズを書いてほしい。単行本のほうもがんばってくれるといいですね」 うれしいことに、古賀さんが現在訳しているのはマグレガーの単行本。どんな新しい展開を見せてくれるのか、今から待ちきれない読者も多いだろう。パズルのピースがはまる快感訳書の多くをマグレガーが占めていることもあり、ミステリ翻訳家としての知名度が高い古賀さんだが、もともとミステリはお好きだったのだろうか? 「特にミステリにのめり込んでいたということはないですね。子どもの頃から本は好きでしたが、どちらかというと乱読です。ジャンルを問わず、いろんなものを読んでいました。ミステリに詳しくないから訳せない、ということはないと思いますよ」 訳書の中には、ミステリの他に、ロマンス、ホラー、ドキュメンタリー、歴史小説などもある。どのジャンルでもこなせるのは、昔からの「乱読」の賜なのかもしれない。「ひとつの作品をひとつのジャンルにくくってしまうのは、ある意味、危険なのかもしれません。以前、冒険小説だと言われて読んだ原書が、どうもしっくりこなかったことがあって……。これは冒険小説じゃなくて、恋愛心理小説なんだということに気づいたとき、パズルのピースがぴたりとはまったように、それまでの違和感がなくなりました。作品のくくり方を間違えると、その魅力まで見失ってしまうことがあるのでこわいですね」 古賀さんにとって、この「パズルのピースがはまる」瞬間が快感なのだという。本の魅力をつかんだとき、行間が読めたとき、調べものの答えが見つかったとき、その快感がこみ上げてくる。「大学で英語学を専攻したのも、英語を分析する作業がおもしろかったからなんです。そういったパズル的なものが好きなんでしょうね。ええ、実際のパズルも好きです。ジグソーパズルとか、クロスワードパズルとか。目の前にパズルがあったら、やらずにはいられませんね(笑)」 起きているあいだは仕事古賀さんの仕事時間は、「起きているあいだじゅう」だ。午前9時〜12時まで、午後1時〜5時までと、会社員時代と同じように仕事をしたあと、さらに「残業」もこなす。翌日訳す分を、夜のうちに辞書を引いて確認しておくのだ。 「マグレガーはページ数が多くて、たいていいつも1000枚くらい。800枚だと短いな、という感じです。実力不足と言われればそれまでですが、仕事をしている時間はかなり長いですね。でも、締切日には間に合うようにスケジュールを設定しています。予定より遅れて、朝から夜まで訳すようになることもありますが、締切はできるだけ守るようにしています」 締切日に間に合うということは、単に訳し終わるということではない。当然のことだが、編集者が読めるような状態に推敲までしておくということだ。「わたしはいつも2回推敲しています。1回目は原文と訳文をつきあわせて、2回目は訳文だけを見て。やりすぎてもダメなので、わたしには2回くらいがちょうどいいと感じています。画面で見るのと紙で見るのとは違うので、必ずプリントアウトするようにしています」 この推敲だけで、実は全体の作業量の4割強を占める。推敲を1回だけにすればもっと早く終わるが、手は抜きたくない。これも性分なんでしょうね、と古賀さんは笑う。「会社員時代に体にしみついてしまったものなのかもしれません。きちっとしていないと不安なんですよ。別の言い方をすれば、ポカミスが怖い小心者ということになるでしょうか」 何事もきちっとこなす古賀さんにも、ひとつだけ苦手なものがある。それは「あとがき」だ。「人の文章を訳すのは好きなのに、自分で文章を書くのはどうも苦手で。マグレガーの作品でも、別な方に解説を書いていただいて、なるべく自分はあとがきを書かないようにしていたんですが、やはり何冊か書かされてしまいました(笑)。人の文章に朱を入れたこともありません。編集者にはなれませんね。下訳もお願いできないと思います」 人が創造型と鑑賞型の2種類に分かれるとすれば、古賀さんは間違いなく鑑賞型だ。作者に寄り添い、その思考をなぞっていく翻訳という作業が、鑑賞型の人間に向いていることは言うまでもない。読み継がれる本を訳したい古賀さんは基本的に「来るものは拒まず」で、苦手なSF以外はどんなジャンルでも引き受ける。しかし、過去に一度だけ、オファーを断ったことがあるという。 「その作品のよさがどうしてもわからなかったんです。それなのに無理して引き受けても、いい翻訳はできませんよね。自分が訳すより、その作品の魅力を理解できる人が訳したほうがきっと売れるだろうと思って、もったいないと思いつつ、お断りしました」 その一方で、どうしても訳したかった本を手放さざるを得なくなったこともある。「映画化が決まっていた作品で、一読して惚れ込みました。ところが、映画公開が早まったおかげで、翻訳期間が短縮されてしまったんです。スケジュール的に合わなくて、泣く泣く手放しました。心の底から訳したいと思える作品に出会えるなんてめったにないことなので、本当に残念だったのですが……。でも、それがきっかけで別のお仕事をいただけたので、その点は感謝しています」 そんな古賀さんに、今後どんな作品を訳してみたいかとたずねると、意外なことに「児童書」という答えが返ってきた。「大人向けのエンターテイメントにももちろんやりがいは感じていますが、その人の血となり肉となるという意味では、やはり児童書の役割は大きいと考えています。わたし自身、子どもの頃に読んだ本が今の自分の土台になっていますから。C・S・ルイスやアーサー・ランサムの作品のように、長く読み継がれるものを訳してみたいですね。わたしが小さかった頃にはそういった作品はありませんでしたから、今の子どもたちがうらやましい。わたしも子どもの頃に読みたかったなと思います」 マイルドセブンを右手に、ブラックコーヒーを左手に将来の夢を語る古賀さん。ナルニア国のお菓子より、お酒が似合いそうに思われたが、「お酒はぜんぜん飲めないんですよ」という、これまたちょっと意外な答えが返ってきた。インタビュアー:宮坂宏美(2001) |