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会社員から翻訳家への転身加賀山卓朗さんは、会社員時代の1998年に翻訳者としてデビュー。4年後の2002年には、翻訳を専業とするために独立した。そして2006年現在、年に5〜6冊の仕事を抱える忙しい日々を送っている。 「新卒で就職し、転職を1回はさんでいますが、いずれも通信業界にいました。さまざまな部署に2〜3年おきに配属され、仕事の充実感もありましたが、自分が直接もの作りに関わることにもずっと興味をもっていたんです。もともと語学はすごく好きで、語学マニアのようなところがありまして。大学の第2外国語でとったフランス語、第3外国語でとったスペイン語は、いまもまぁまぁ(笑)できます。ほかにも会社員時代には、英語のほかに中国語、韓国語も使っていましたね。本も好きで、子どもの頃からよく読んでいました」 語学と本が好きということをつきつめていき、翻訳に結びついたようだ。 「そうかもしれません。翻訳の通信講座を受講してみて、奨学金をもらえたことも、続けて勉強しようと思うきっかけになりましたね。ただ、それですぐさま翻訳家をめざそうと思ったわけではないんです」 それでは、会社員としての経験を活かして実務・ビジネスの翻訳に進もうとは思わなかったのだろうか。 「いや、当初それはなかったですね。小説をやりたかった。やっぱり好きなんでしょうね、小説が」 翻訳学校を修了後、下訳やリーディングの仕事をするようになり、会社員との二足の草鞋生活が始まる。そこから専業でやっていこうと思えるようになったきっかけは―― 「自分の人生の中で、短期間でもいいから一時期は翻訳だけに打ち込もうと思うようになったんです。会社をはなれ、不定期の収入でやっていけるかと考えると、なかなか会社勤めにくぎりをつけることができませんでしたが、無茶でもいいから専業でやる時期をもとうと思い、会社を辞めました。10冊ほど訳書を出したあたりですね。とにかくいざとなれば、というか今も思っていますが、ダメな時はまた会社員に戻ろうと。おかげさまで順調に仕事をいただけていますが、いつまでやっていけるのかは、いまもわからないですね」 年に5〜6冊の翻訳を抱えているというのは、かなり順調なペースだが、本人は決して楽観していない。 「まだ翻訳歴が浅いので、訳書にストックがないんですよね。文庫化されるものも、まだ少ないです。だから、どうしても自転車操業のように、せっせと翻訳しなくてはいけないので忙しいんです(笑)」 読書遍歴小説の翻訳をしたいと思ったのは、やはりご自身が本好きだったからだという。どんな本を読まれてきたのだろう。 「両親が共に教師だったこともあり、子どもの頃から本はよく読みましたね。江戸川乱歩はあまり読みませんでしたが、ルパンやシャーロック・ホームズの子ども向け全集はすべて読んでいました。『ナルニア国』シリーズにもはまりました。日本の物語では、佐藤さとるさんの『コロボックル』シリーズがすごく好きでした。この『コロボックル』シリーズが、夜を徹して読んだはじめての本です。本の楽しさにめざめたとも言える本です」 小学校で読書の楽しみにめざめた加賀山さんだが、中学時代はあまり本を読まなかったそうだ。 「中学は何を読んだかなぁ(笑)。あまり覚えてない。中学からほぼ全寮制の学校に入り、自分は寮生活をしていましたが、部活動なども特にしませんでしたね」 では、そのころの楽しみというか娯楽は? 「トランプや卓球です。卓球はいまも好きで、翻訳者仲間と時々やっていますよ。高校に入ってからは、米川正夫さんが訳されたドストエフスキーをすべて読みました。気に入ったところは線をひきながら読んでました。大学で読み込んだ作家は筒井康隆です。ドストエフスキーと筒井康隆は本当に熱心に読みました。おそらく翻訳者のなかでは米川さんの訳されたものを一番読んでいるんじゃないでしょうか」 翻訳家ライフ2006年8月からは仕事部屋を借りて翻訳をしている加賀山さん。仕事時間は9時から17時くらいとし、土曜、日曜は仕事はしないペースだという。 「それまでは、ずっと図書館で仕事をしていたんですよ。でも、夏休みなどは席がなかなか取れないんです。そこで、思いきって仕事部屋を借りたんですが、ものすごく仕事がはかどるようになりました」 仕事の時間帯は、とても規則正しく、お酒もつぎの日の仕事に直接響くので、会社員時代に比べるとあまり飲まなくなったらしい。 「サラリーマンを辞めてからの方が、時間は早く過ぎるように感じますね。会社にいる頃は、ほぼ1週間単位で時間が過ぎていきましたが、いまは翻訳書1冊がひとくぎりなので、1冊を訳す数か月単位で時間を感じます。酒も、飲んで次の日使いものにならなくなると、翻訳する量にダイレクトに響くので、できるだけ節制するようになりました」 さて、お話をうかがっている内に、意外な人物名がでてきた。 「実は、もうひとつ名前をもって翻訳をしているんです。筆名なんですが、そちらの名前で実用書(ノンフィクション・ビジネス)を訳しています」 その名は依田卓巳(よだ・たくみ)さん。こちらのお名前では、現在2冊刊行され、今後も予定しているそうだ。 「筆名で実用書を訳そうと思ったのは、小説ではかなり物騒な内容のものを訳しているので、別の名前がいいだろうなと。東江一紀さんをはじめ、諸先輩が別名で訳されているのもヒントになりました。名前の由来ですが、名字については囲碁の元名人である依田紀基さんの気風が好きなところからつけさせてもらいました。卓巳の方は字画からです」 囲碁が好きでというよりは、依田紀基さんの豪快で宇宙的な感覚が好きなのだという。 「実用書の翻訳は、小説とはまた違って、かなり長い時間でも苦にならずに翻訳ができるんです。会社員生活が長かったせいか、残業しているような気分で訳せます。小説だと、あまり長い時間はできないですね。筆名を使いはじめるまえにも実用書は数冊訳していましたが、これからは、ミステリなどエンターテインメントを実名で、実用書などは筆名で訳していこうと思っています」 いままでで訳していて楽しかったものはとお聞きすると、「このミステリーがすごい!2006 〈海外編〉」(宝島社)で3位に選ばれた『無頼の掟』(ジェイムズ・カルロス・ブレイク/文春文庫)をあげられた。 「これは訳すのが毎日楽しくて、朝起きて、また今日も訳せると思うとうれしかったですね。暇さえあればギャグを考えたり。こういうのをまた訳したいです」 他には古典の新訳にも魅力がありますねとうれしそうに語ってくれた。 「旧訳のあるものは、あえて読まずに自力で最後まで訳してから旧訳と比較します。それが旧訳者と会話しているようで、すごく楽しいんです。“そこはこうなんじゃないか”と指摘されたり、“いやいや、ここはやっぱりこうでしょう”と返事したり。ふだんは、自分と出版社のかたがた数名で最終の訳をつくっていくわけですが、旧訳がある時には、そこにもうひとり加わる感じがするんですよね。こちらの間違いを教えてもらえたり、時には誤りを見つけることもあったりと、そのやりとりがおもしろいですね」 ところで、卓球はいまも楽しんでいるとのことですが、ほかの息抜きにはどんなことを? 「ピアノは小学校の時から弾いていたので、いまでも時間があれば弾いています。ほかは、ずっと座っている職業なので、体力をつけるのも仕事のうちだとしてテニスも定期的にやっていますよ。あと、山登りも年に数回しています。今年も、翻訳者仲間と子ども連れで行きました。料理系山登りなので、ご飯も一応つくるんですよ。山登りも好きだなぁ。達成感など翻訳にも通じるものがあるように思います」 翻訳の魅力翻訳学校で文芸総合演習の講師も始められたとのこと。ひとりでする翻訳と違い、生徒たちと複数で訳文について論じるのも楽しいですよと、さまざまな面から翻訳を楽しまれている様子が伝わってくる。そこで、翻訳の一番の魅力とはとお聞きすると、インタビューの最中には浮かばなかったと、あとで丁寧にメールで教えてくださった。 「翻訳という仕事の魅力について、お会いしたときにまったく答えられなかったので、少し考えてみました。とはいえ、やはりばしっと決まる言葉はありませんが、この仕事にかかわるすべての過程が好き――性に合っているということはあります。原文を読むのも、訳語を考えるのも、文章を整えるのも好きですし、ゲラを読むのも、そこに手を加えるのも、できあがった本を手にするのも好きです。あと、別のインタビューでも言ったことですが、根源的には『人の心を動かす』ことができるのがすばらしい。自分のやった仕事で、見ず知らずの人が笑ったり、驚いたり、納得したり、ときには泣いたりしてくれる。そういうところです」 翻訳家の仕事をしていて得る体験は、ふつうの会社員にはできないことでもある。会社員時代と比べるとストレスもずいぶん少ないですという。文芸翻訳家としての加賀山卓朗さんと、もうひとりの翻訳者、依田卓巳さん。これからもおふたり(?)の活躍に期待したい。
インタビュアー:林さかな(2006年9月) |