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伏見威蕃氏の謎伏見威蕃氏は、謎の多い人物である。精力的な仕事ぶりにもかかわらず、何か集まりがあると必ず顔を出している(と言われている)。料理に音楽など、趣味も多彩。それだけ生活は多忙であるはずなのに、仕事場はいつもきちんと整頓されている……。「実は2人か3人影武者がいるんじゃないか」という噂も、むげには否定できない。 せっかく得た取材の機会である。この際、伏見威蕃氏の謎を解いてみようではないか。 第1の謎:伏見威蕃は、なぜ翻訳家になったのか?「翻訳を仕事にするまでの心境というのは、説明できないんです。今と違って、翻訳学校に通うということもなかったし。何年くらい勉強したんですか、という質問には、『35年』と答えるんですよ(笑)」 いきなり、かわされてしまった。では、初めて翻訳という作業に携わったのは、いつのことだったのだろうか? 「高校生の頃、友人と同人誌を作っていて、そこに翻訳したものを掲載していたんです。その頃は、ファンタジーやSFなどの短編を訳していました」 しかし、なぜオリジナルでなく翻訳だったのだろうか。 「それも、ちょっと説明がつきませんね。例えば詩を書く人に、なぜ詩なんですか、と訊かれても困るのと同じですよ」 つまり、オリジナルか翻訳か、という区分けではなく、文芸の1ジャンルとしての翻訳、というのが伏見氏の位置づけのようだ。 ちなみに、伏見氏の同人誌仲間のうち、2人が本を書いているという。 さて、高校時代から翻訳活動をしていた伏見氏だが、その頃から翻訳家を目指していた、というわけではない。大学では、英語でも翻訳でもなく、音楽に打ち込んでいた。卒業後は、就職して会社員に。サラリーマン時代も、翻訳を目指した活動は特にしていない。退職後、つてを通じて紹介してもらい『ミステリマガジン』の試訳の仕事をするようになる。 「1冊訳したものを見本として、『ミステリマガジン』に紹介してもらったんです。それから半年ほど試訳を続けて、翌年に最初の訳書が出ました」 翻訳家として仕事をはじめる前に、いきなり1冊訳した? 「まずやってみないと、仕事として成り立つかどうか、わからないでしょう。ある程度の長距離を走ったことのない人がマラソンには出ない、というのと同じことです。100ページ訳したことがない人は、1冊訳せるかどうかもわからない。1冊訳すのにどのくらい時間がかかるのか、それで生活を支えることができるかどうか、確かめるためにやってみたんです」 その1冊目は、どのくらいで仕上げたのだろうか。 「2〜3カ月でしたね。新人に与えられる仕事としては、翻訳なら1冊3カ月、リーディングなら2週間というのが一般的な期間ですから」 しかし、プロならそのペースは普通だが、新人としてはかなりはやい。 「1冊あたり、どのくらいお金が入ってくるか検討をつけてみると、1年に4冊くらいやらないと食べていけないんです。そういう計算を、今から翻訳を目指す方はちゃんとしないといけませんね」 気負いなく、淡々と語る伏見氏。しかし、脱サラして翻訳家へという道は、今ほど普通に認知されたものではなかったはずだ。 「いや、普通ですよ。思いきって辞めた、ということでもなかった。会社勤めが、ずっと安定しているというわけでもないですし。僕のほかにも、辞めていった人もいますしね」 つまりそれは、組織にとらわれない友人が多かったということだろうか? 「そうでもないな。友人の中には、会社勤めを続けている人もいますよ」 ──やっぱり、よくわからない。文芸の1ジャンルとして翻訳を手がける伏見氏が、自分でオリジナルの小説などを書く日は来るのだろうか? 「わかりませんね。書くかもしれないし、書かないかもしれない(笑)」 第2の謎:伏見威蕃は、どうして仕事がはやいのか?とにかく仕事がはやい、という評判の伏見氏だが、具体的にはどのくらいはやいのだろう。大体年間で、何冊くらいの訳書を出すのだろうか。 「何冊、といわれるとちょっと困りますね。翻訳の仕事と出版のペースは違うから……。原稿用紙で、大体約5,000枚くらいかな」 年間約5,000枚。一日平均で約15枚程度のペースである。かなりはやい。しかも書くだけでなく、その間に見直しなどの作業も入るのだ。 「急いで訳している、という意識はありません。もちろん、推敲しながら訳していますよ」 ということは、平均以上に書く日もあるわけだ。超人的なハイペースで仕事を進める秘密は、どこにあるのだろうか? 「朝起きることですね(笑)。起きないと、仕事は始まりませんから」 普段は7時から8時頃起きて、朝食後仕事場へ。9時前後には仕事を始める。昼食は仕事場でとって、夜まで仕事。仕事場を出るのは、だいたい午後9時から10時頃である。 「人に会う用事などがなければ、夕食もここでとります」 この平均的1日は、週末でも祝日でもとぎれることがない。「自主懲役」と自ら揶揄する勤勉さである。 「でも、全然休まないわけでもないんですよ。テニスに誘われて出かけたり、人に会ったり、結局ひと月に5日くらいは休んでいる計算じゃないかな」 しかし、仕事場に行かない日はほとんどない。飲んだ翌日でも、少し仕事場に入る時間が遅くなるだけだという。 「例えば飲んで4時に寝たとしても、お昼まで眠らきゃいけないわけじゃないでしょう」 いや、それには異論があるが……。とにかくペースを守って生活する、というのが、精力的な仕事ぶりの秘密のひとつであるらしい。 「翻訳はマラソンと同じで、距離を減らしていく作業なんです。自分のペースで、ゴールまでの距離を減らしていくんですよ」 第3の謎:伏見威蕃は、本当にひとりなのか?能率よく仕事をこなす人は、整理整頓も上手であると言われる。伏見氏の仕事場を見ると、そのことを深く納得させられる。ハイペースで仕事をこなす本人のそばで、2人目の伏見氏が部屋を片づけているんじゃないか……と言われるゆえんである。 「ひとつの仕事が一段落すると、次の仕事のために資料を入れ替えたりするのもいい気分転換なんです」 しかし翻訳だけでなく、事務作業や講師としての仕事もある。 「翻訳以外の仕事は、まとまって翻訳に向かいあうことができない時間で片づけるんです。出かける前に1時間ちょっとある、というようなときに帳簿をつけたり」 一番いいコンディションにあるときは、翻訳の仕事に打ち込む。集中がとぎれると、ほかの仕事に気持ちを切り替える、というわけだ。 「ほかにもちょこちょこと、気分転換はしますよ。紅茶をいれたり、食事を作ったり」 そういえば、伏見氏は料理上手としても有名だ。しかし休憩としての料理など、面倒ではないだろうか。 「そういうことはありませんね。もちろん忙しいときは、簡単なものだけですませてしまうこともありますが、料理も気分転換のうちですから」 「気分転換」というのが、どうやらキーワードとみえる。伏見氏は、翻訳以外の仕事や身の回りのことを、すべて気分転換としてとらえているようだ。気分転換を上手にしているから、ハイペースで仕事ができるのだろうか? 「いや、懲役囚人だからですよ(笑)。出かけて食べるよりも、作った方がはやいし、おいしいし、量も調節できますから」 なるほど。そうやって、「自主懲役」中の作業効率を高めているわけか。作業効率が高いと、自分の時間も作りやすい。自分の時間を作ることができれば、趣味などの時間もとれる、というわけである。 趣味を欠かさない、というのも、ハイペースの仕事の秘密だろうか? 「いつでもやりたいことをやれる状態にしておくために、自分を追い込んでやるというところはあるかもしれません。自主懲役といっても、仮出所が可能なわけですよ(笑)」 超人伏見威蕃氏が、翻訳のことを考えない日はないのだろうか? 「他の何かに集中すれば、忘れられます。たとえば、バンドの合宿のときくらいかな。年に1度大きな演奏会があるので、その練習のために集まるんです。さすがに、その時には翻訳から完全に離れます」 カントリー&ウエスタンのバンドで、伏見氏はギターを弾く。これも、玄人はだしなのである。練習は、いつするのだろうか? 「バンドとしての練習は、合宿だけ。個人練習は、ときどきですね。毎日ではありません。やるときは、集中しますが。バンドのレパートリーは、30〜40曲くらいでしょうか。うちのバンドは新しい曲を増やすよりも、アレンジを錬り上げていく方をよしとします。ですから、演奏する曲も大体決まっていますね」 ギターは、大学時代から? 「高校からですね。翻訳35年、ギターも35年(笑)」 ハイペースの仕事に加えて音楽、料理、テニス……やっぱり、3人くらいいるんじゃないだろうか。 第4の謎:翻訳の講師としての伏見威蕃は?「教えはじめてから、10年ちょっとになります。生徒たちも、少し変わってきましたね。レベルとしては、高くなってきました。昔は、どうして翻訳をしたいんだろう……という人もいたんですが(笑)。翻訳という仕事の認知度が、上がってきたからなのかもしれないですね」 伏見氏の弟子の中からは、プロが何人も出ている。講師としての伏見氏から見て、「プロになる条件」とは、どういったものだろうか。 「やはり仕事ですから、責任感は重要ですね。そして、コミュニケーションをきちんととれることも必要です。何を求められているのかちゃんと見きわめて、仕事を進められるようでないといけません。翻訳を学ぶ上での優秀さと、プロとして通用するかどうか、というのは別の次元です。会社勤めと同じですよ。会社でつとまらない人は、翻訳家もつとまらない」 とにかく重要なのは自己管理、と語る伏見氏。 「小説を書く人よりは、納期も厳しいことが多い。しかし小説家だって、ある程度は自分で企画を作って持っていくこともあるわけでしょう。そういう面では、あまりかわらないかもしれませんね」 伏見氏といえば、ハイテク軍事スリラーの分野に定評がある。これから翻訳に入ろうという人にとって、「自分はこういうジャンルをやりたい」というイメージを持つことは有益だろうか?
「それは、持っていないといけないでしょう。もちろんやりたいことができるとは限りませんが、ただ翻訳をやりたい、というのではダメです。やっていく中で変わっていくものかもしれないし、目指すジャンルに先達者がいて、入りこむ余地がないかもしれない。そうしたら、その周囲に広がっていってもいいわけです。ヴィジョンを持っていなくてはいけないし、持っていても、ただ『これをやりたい』と言っているだけでは、やっぱりダメなんです」 伏見氏自身が定評を得た得意分野は、どういう経緯で築かれていったのだろう。 「イギリスの冒険・謀略小説が少し勢いをなくして、アメリカのものが増えてきた時期でした。編集者との会話の中で流れができていったという感じかな。リーディングなどで作品を比較検討しながら、系統立てて読んでいました」 最近の仕事の中で、この著者を扱えるようになってよかった、というような人はいるのだろうか。 「クリス・ライアン(※)は、とてもいいですね。最近とぎれがちだったイギリスものの流れが、復活してきた感じがします」 軍事もののイメージを持つ伏見氏だが、仕事内容は多彩なのだ。 「僕たちの世代くらいまでは、ある程度オールマイティですね。職人肌というか、どういうものでもあまり自分を強く出さずにこなせます」
最後の謎:伏見威蕃は、いつから伏見威蕃なのか?伏見威蕃。姓はそれほど珍しくはないが、名前はかわっている。 「本名なんですよ。良くも悪くも、覚えやすい名前ですね」 子供の頃、書きにくくて困ったりはしなかった? 「子供は、漢字では書かないから(笑)」 伏見氏はいったい、どんな子供だったのだろう。 「普通でしたよ。本はもちろん読みましたが、そればっかりというわけでもなかった。逆に、特にスポーツ好きだったわけでもないし」 どんな本を読んでいたのだろう。 「それはもちろん『少年探偵団』。江戸川乱歩ですよ」 なるほど。現在の伏見氏から推察すると、少年時代も几帳面だったのではないだろうか? 「そんなことはありませんよ(笑)。学校から帰るとかばんを放り出して、遊びに出かけていました」 そして、暗くなるまで草野球に興じていた? 「そう。でもそれは遊びであって、運動としてのスポーツとは違う」 伏見氏と話していると、それぞれの行動において意識がきっちりと線引きされているのに気づく。遊びとスポーツをわける意識、翻訳以外のことをすべて気分転換として前向きにこなす意識。伏見氏の意識を2次元に投射できたら、美しい図形が浮かびあがることだろう。 このような意識は、いつからできあがっていったのだろうか。 「意図的に作りあげた、ということはありません。大学時代まではのんびりやっていました。やっぱり会社に勤めて事務的な仕事をするようになってから、きちんとするようになっていったんじゃないかな」 では、今のんびりした生活をしている人も、伏見威蕃になれる? 「なれる……でしょうね、多分(笑)」 伏見威蕃の謎。結局、解けたような解けないような、妙な展開でインタビューを終えた。謎を解くカギは──作品の中にしかないようだ。 インタビュアー:大井博子(2000/6/9) |